アメリカ南部経済学会報告記
橋本努200511
2005年の11月18日から20日にかけて、ワシントンのハイアット・ホテルにて「アメリカ南部経済学会」が開催された。この学会はもともと「南東部学会」と呼ばれていたように思うが、どうやら名称が短縮されて「南部学会」となったらしい。
この学会の最大派閥に、オーストリア学派経済学がある。私はこの部門において、はじめて経済学の学会報告をする機会に恵まれた。今年はちょうど、サンフォード・イケダ氏がこの部門全体のコーディネーターを務めていたので、私は彼に誘われて、報告する機会を得たわけである。また、ベーム・バヴェルク研究で世界的に有名な塘茂樹先生も、私と同じセッションで報告をされた。オーストリア学派に関するセッションは、合計11部会。そのなかの一つとして、木曜日初日の午後13:15-14-45にかけてわれわれの部会が開催された。プログラムは次の通り。
Southern Economic Association
75th Annual Meeting
Grand Hyatt
Session 49C
International Perspectives on Austrian Methodology
Friday
1:
Chair: Bill Butos
Order of Presentations as
indicated below
Time Constraints
(strictly enforced): authors 15 minutes; discussants 10 minutes
1. David Harper
"Economic Origins of
Number Concepts"
discussant: Randy Holcombe
2. Shigeki Tomo
Menger and Boehm-Bawerk:
A Reconsideration on the Austrian "Goods" Conceptions
discussant: Joseph
Salerno
3. Tsutomu Hashimoto
"On Market Order:
Four Tensions on Market Theories in Neo-Austrian Economics"
discussant: Sandy Ikeda
4. Randall G. Holcombe
"Does the Invisibile
Hand Hold or Lead?"
discussant: David Harper
私の報告は、現代オーストリア学派の内部における四つの理論的なテンションを指摘するものであり、とりわけ知識問題に関するハイエクとカーズナーの定式化の違いを強調して、ハイエクの問題をさらに「自生化主義」の観点から問題化すべきことを訴えた。塘茂樹先生の発表は、メンガーの主観主義概念が、従来の解釈では誤って捉えられていることを指摘するものであり、また新たに、「コマンド可能性の主観化」という論点を提出するという野心的なものであった。われわれの発表とその後のコメンテイターのコメントは、有意義な意見交換となった。またわれわれの報告のほかにも、オーストリア学派の部会報告はどれも刺激的で、全体としてみると、オーストリア学派経済学の現状は、私がニューヨークに滞在していた数年前に比べて、格段に知的レベルを増したように思う。とくに若手の発表がどれもすばらしく、オーストリア学派の新たな展開に、大きな期待を寄せることができた。例えば、実験経済学の諸前提が孕むイデオロギーに対する批判といった新たなテーマにおいて、オーストリア学派の知見が拡張されている。かなりスリリングな議論である。これほど知的興奮を味わったことは、実は私は、これまでの内外の学会を通じて、はじめてのことであった。新しい時代を築こうとするオーストリア学派の瑞々しい知性に触れて、今回の学会では、大いに刺激を受けた。
初日の夕方には、ノーベル経済学者のダニエル・カーネマンの講演があった。笑いの絶えない講演で、とても楽しく拝聴した。さらにその後のレセプションでは、実験経済学者のTobyと知り合いになり、彼といっしょに、場所を移してホテルのラウンジでビールを飲みながら、実験経済学の話など、大いにもりあがった。
二日目の夜は、オーストリア学派の盛大なパーティがあった。「異端経済学の中の主流派」を名乗るこの学派のパーティには、計90人以上の出席者が参加。この学派の学会の会長講演や、大学院生の論文コンクールの授賞式など、さまざまな催し物があった。新たに会長に就任したのは、ロジャー・コップル氏。彼は自分のことを福祉主義者だと述べていたような気がするが、いまではオーストリア学派の「顔」である。パーティではサンフォード・イケダ氏が、コップル氏の人柄をユーモアを交えながら紹介していた。またこのパーティの席では、私はとりわけ、イタリアの経済学者ベッキオと会話を楽しんだ。20世紀初頭のウィーンをめぐる知性史について語り合った。
三日目は午後一時すぎまで学会に出席して、それからニューヨークに向かった。サンクスギビィング・デイの前ということで、航路はかなり混雑しており、一時間半遅れてラガーディア空港に到着。約3年ぶりに、私はニューヨークへ戻ってきた。ニューヨークではとりわけ、西倉英明・仁美さんと再会して、彼らが消費者-労働者の両面において参加しているブルックリンの「生協COOP」に立ち寄ることができた。これが予想をはるかに越える場所で驚いた。日本人がイメージするような、いわゆる「生協」の店舗ではない。会員はすべて労働者として、4週間に一度、2時間45分の労働を強いられるが、店頭に揃えられた高品質の商品を安く買うことができる。ニューヨークでは他で見たこともないような、オーガニックの食品や健康食品が、所狭しとずらりと並んでいた。1970年代に、いわゆるヒッピー文化を経験した若者たちが始めたこの生活共同組合の運動は、現在、大きなネットワークを築き上げ、ブルックリンのこの店舗では、9,000人の会員が参加しているという。この生協の活動に参加するかどうかによって、ニューヨークでの生活はだいぶ異なるだろう。アメリカ人は全般的に味覚にうるさくないといわれる。しかし生協の会員たちは、かなりのグルメ通であり、しかもかなりの文化的生活者たちだ。
生協の通りを挟んで向かいには、いかにもニューヨークの若者が好みそうな喫茶店があり、ここで英明さんたちと会話を楽しんだ。ブルックリンのユニオン・ストリート駅付近一帯は、「ボボズ」文化の先端をいくような雰囲気があった。
最近のニューヨークでは、どんな音楽が聴かれているのか。ダウンタウンのタワーレコードや、ユニオン・スクエアにあるヴァージン・メガストアに寄ってみた。ニューヨークでもどこでも、アメリカでは日本とほとんど同じような音楽が話題になっているようだが、ジャズではRez Abbisi, クラシックではSavallが印象に残った。とくにSavallが今年の6月にリリースした「時と瞬間」(古樂)は、最初の三曲の構成がすばらしい。13世紀欧州の歌、アフガニスタン民謡、イスラエル民謡という順番で、しかもこれら三つの曲が、独自の編曲によって自然に調和しており、世界の異なる文化が融合する可能性を示している。コスモポリタンたるニューヨーカーは、世界の平和に対する関心から、こうした世界文化の新たな融合の試みを愛するのであろう。古樂というと、どうしてもヨーロッパ中世の秘儀的(エソテリック)な文化に没入していく閉鎖的魅力を想定してしまうが、しかしSavallの最新作は、古樂から世界のコスモロジーへと「普遍化」していく運動なのであった。大いに感銘を受けた。
最後に、ホームページ情報をいくつか紹介したい。
■オーストリア学派のブログ:http://austrianeconomists.typepad.com/
■Hostels.com:ホステルの予約は、インターネットを通じて簡単にできる。http://www.hostels.com/en/index.html
■オクトパス・トラベル:ホテルの予約に。
http://www.octopustravel.com/jp/Home.jsp;jsessionid=0000UwwVS7bjU5l2LomKnx-R2XS:10b2vtnd2
■Comfort Inn
(Queens-boro Plaza, New York):駅から見えたので。
42-24 CRESCENT ST
LONG ISLAND CITY NY 11101
そして写真:Photo Austrian Annual Conference 2005.11.
P.S. サンフォード・イケダ氏の息子クリストファーは、現在13歳になって、アコースティック・ギターを習いながら、他方でジミー・ヘンドリックスを聴いている、と言っていた。もう五年前になるが、私と一緒に「ゴジラ対モスラ」のビデオを見たことを覚えているか、と尋ねたら、「ノー」と言っていた。あれからすでに、五年の月日が過ぎていた。